2007年3月11日 (日)

回顧録その5 ~被曝の準備~

2006年3月2日~

放射線治療に入った。(1日からって言われてて行ったのに、またもや病院の連絡ミスで、実は2日からじゃないとできないと言われた。ブチ切れた。・・・懐かしい。)

1日目は、半裸で寝台に仰向けにされ、3人の医師に見下ろされ、胸にマーキングをする。胸中、縦に横に何本も線が書かれる。

落ちにくい特殊なインク。手術した右の胸に放射線をあびせるので、目印をつける必要がある。風呂でこすらないように注意された。(薄くなったら書き足していく)

これから毎日、30日間、数秒の放射線をあびるために病院に通うのかと思うと、めんどくささでいっぱいだった。

でもその一方で、楽しみを見つけ出そうと思った。美味しいランチとか。

何より、心を躍らせてくれたのは、桜たちだった。春で、よかった。

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2007年2月 4日 (日)

回顧録その4 ~術後~

2006年2月4日。土曜日。午後退院。

術後はかなりヒマだったので、いろんな人がお見舞いに来てくれるのがありがたかった。

2s4sh0194 結局5泊6日で退院。乳がんの入院日数は短い。

後日談だが、手術の日のこと。9時から開始で、終了は14時くらいだったと聞いている。結構、延びてしまったみたい。

手術室から出てきた執刀医に、母がたまたま出くわした。「癌だったよ。早く切ってよかったよ」と言ってたらしい。

私の場合、検査の段階で、癌だと確定できなかった。なので手術中にしこりの病理検査をし、そこで初めて癌細胞だと確定したため、癌とその周辺組織を切ったのだ。(転移の有無を調べるため、腋下リンパ節を2つ郭清。幸い転移はなかった。)

結局、悪性度は3で、最悪だったのである。

癌かどうかもわからないで切ってみて、結果は一番顔の悪い癌だったわけで。だから癌っていうのは、どうもしっくりこない。とぼけた顔してババンバンだよ。ちきしょー。言ってみれば、いい人ぶった極悪人みたいなもんだな。。。おお恐い。

2sbsh0201 久々にうちに帰って、とてもホッとしたのを覚えてる。今年と違って、去年は寒かった。

抜糸するまでは風呂に入ってはいけなかったので、辛かったかな。

本当にいろんな人に心配かけたし、励ましてもらったと思う。

実は私、手術して、これでほとんど終わりだと思い込んでいた。これからの治療のほうがよほど辛いことを全くわかっていなかった。それを知るのは抜糸の時であった。

乳がんのことを調べてなかったし、調べる気にもならなかったから。

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2007年2月 1日 (木)

回顧録その3 ~手術の翌日~

2006年2月1日。水曜日。

まちにまった6時起床の電灯がついた。歓喜の凱歌が脳内で響いた♪

体を縛り付けていたあらゆるもの(両足の電動サポーター、お小水の管、酸素マスク)をとってもらったら、憑き物がとれたような爽快感・・・

点滴を運びながら、早速トイレにも歩く。

朝ごはんもガツガツ喰らうw

2s8sh0198 ちなみにここのご飯はマズイ。まわりのおばさんたちも、ブーブー文句ばっか言ってたな~。「私はね~、芋栗かぼちゃはキライなんだよ!」とか。返答に困り「ハ・・ハハ・・・。そうっすか」と失笑する私。まあ、愚痴ることでストレス発散するからね、女の人は特に。

手術の翌日なんで、顔色も悪く疲れきっていたけど、テレビを見たりしていた。

とにかく、自由に動けること、食べられることのありがたさを痛感したよ。。。

あとは、体にメスを入れたという事実が、なんとなく不思議な感覚だった。

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2007年1月31日 (水)

回顧録その2 ~手術の日~

2006年1月31日。火曜日。手術の日。

朝9時から手術ってことで、母と会社の休みをとった妹が来てくれる。

もともと度胸の座った性格のため、特に不安も緊張もない。

部屋のベッドで肩注射を打って、歩いて階下へ。ベッドに寝かされ手術室へ移動。

全身麻酔は注射だった。(友人の話ではガスマスクみたいなやつで口から吸い込んだらしい)打たれた10秒後以内には、もう意識はなかった。

叩き起こされて、気がついたら手術終了。「終わりましたよ~!」

(ああ、終わったんだ)とぼんやり思う。切ったところが、痛かった。

気がついたら、大部屋に戻っていた。酸素マスクをして、点滴を打ち、腕や足がなんかで固定されてて、眠ったりぼんやり目が覚めたりの繰り返し。

得意先のお客様から届いたフラワーアレンジメントが見えて、また眠った。

2s3sh0193 夜中の3時に目が覚めて、そこからが一番辛い。眠れないのだ!

両足は、血栓症予防のために、電動サポーターのようなものが巻きついて、締め付けたり緩めたりしている。左手には点滴。口には酸素マスク。まったく身動きが取れない。寝返りがうてないので、体中が痛い。特に腰。疲れて眠ってしまうが、痛くて目が覚める、の連続。

看護師さんが懐中電灯を照らしながら、15分おきくらいに見回ってくる。「6時になったら、起き上がれますよ」と言われる。看護師さんが来るたび時間を聞くけど、朝まではまだまだ遠い。

ずっと、死んだばあちゃんのことを考えて耐えた。5年間病院のベッドで闘病し続けたばあちゃん。どんなときも弱音を吐かず、歌を高らかに歌って、生き抜いた怒涛の5年間を思えば、自分の数時間なんて、とるにたりないことだ、と。

今ここにいなくても、生前の姿を思っただけで、自分を励ましてくれるという存在。

生きてる死んでるって、そんなに変わらないような気がした。だって、私の中で明らかに存在しているから。

長い長い夜がやっと明けてきた。

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2007年1月30日 (火)

回顧録その1 ~入院~

2006年1月30日。月曜日。ちょうど一年前。手術のため入院した。

晴れて気持ちのいい日だった。

病院との連携ミスで、入院が2週間遅れた。そのため外科のベッドは空いてなくて、整形外科の大部屋にされる。

周りは腰やら足の悪いおばあさんばかりで、同じ境遇の人がいなくて、話が合わなかった。

なんの病気かはやっぱり聞かれるわけで。「乳がんです。」と答えると「あら~若いのにかわいそうねえ~」とみんなが言ってたっけ。別に嬉しくもないしむかつきもしない。

窓側のベッドでよかった。外は、向こうの病棟しか見えずに、監獄みたいだったけど。

2s7sh0197 手術は翌日。そのため下剤を飲まされる。さらにトイレに行き、美人看護師さんに浣腸を打っていただいたのが、妙に思い出深い。かわいかったな~。優しいし。男の気持ちがちょっとわかる気がした。。。

しかも周りを行き来する医師が、なぜかほぼ全員イケメン軍団だったのもまた、趣深い。

日々暮らしててもそんなにイケメンっていないのにね~。こんなとこにいるんだね~。看護師さんも美女ばっかだったし。医師と看護師。合コンするの楽だろうな~とか、あれこれくだらない妄想にふけってるのも、暇つぶしになってよかったのかもしれない。

明日はまな板の上の鯉。

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